2011年4月29日金曜日

タブーとリスクを考える

ヤックは危険なスポーツです。American WhitewaterのWhitewater fatalitiesによれば、2005年のデータではアメリカ国内で年間38名の方がカヤック、ラフトの事故で命を落としています。日本国内でもアメリカの事例程ではないにせよ、残念ながらホワイトウォーターと呼ばれるカテゴリーで命を落される方がほぼ毎年います。

どんなスポーツでも生命の危険は伴わないにしても、様々なリスクがあります。リスクのコントロールの仕方が技術、スリルであり、勝敗と選手生命を天秤に賭けるような勝負に敢えて挑むのです。
リスクは起こりうる最悪のシナリオと最良のシナリオの間に生まれる可能性があります。カヤックのように時として生命の危険に晒されるスポーツの楽しさは、リスクをコントロールしてチャレンジし、リスクをコントロールした達成感が至福となるわけです。

カヤックは場合によっては危険なスポーツですが、リスクを避ける方法、乗り越える方法、事故が起きた時の対応の方法をスクールや、友人から学ぶことにより安全が確保されます。カヤックをするという事はリスクがあり、最悪のリスクと最良のリスクを常に考えながら川と向かいあうわけです。そしてこのような危険を伴うスポーツであるということは、隠されることなく周知されています。

生きていく限り常にリスクと背中合わせです。病気、自動車、飛行機、地震、火災そして原子力。すべてリスクがあります。事故が起きた際のダメージが大きく、コントロールしなれけばならないリスクがある場合、我々は経験的に最悪のシナリオを想定して準備をします。今回の不幸は最悪のリスクを読み切れていなかった事にあると思います。背景には原子力発電のリスクを公にすることがタブーであったに他ならないと思います。国策である原子力発電の陰の部分に光をあてることの政策上のリスクは、原発事故のリスクよりはるかに大きいと真剣に考えられていたように感じます。起こりうる最悪のシナリオを直視して、その対応を準備することがリスクマネジメントだとしたら、今回の一件はリスクマネジメントの基本が全く出来ていなかったと言っていいでしょう。

原発の是非についてこの場で議論をするつもりはありませんが、原発事故については客観的に示されている放射線データに対して、起こりうる最悪のシナリオを考慮した判断をする必要があると思います。日弁連からこのような声明が出されています。 今、福島の子供達が直面している問題は、我々日本人全体にとっても大変大きなリスクだと思います。最悪の事態を想定するというリスクマネジメントの基本に立ち戻り、子供達の置かれている状況を考える必要があると思います。

子供の命と子孫を守るという判断に、政治や利権などのノイズが入ってはならないと思います。これからの福島の再生を支える子供達のためには、場合によっては前例の有無に関わらず一切妥協の無い歴史的な判断をしなければならないかもしれません。誤った判断を下せば、子々孫々まで語り継がれる事になります。福島の子供達をどうするかという判断は、我々の世代全体の責任として後生まで問われるでしょう。

小佐古敏荘・東京大教授(放射線安全学)が先ほど内閣官房参与の職を辞しました。小中学校などの屋外活動を制限する限界放射線量を年間20ミリシーベルトに決めたことに「とんでもなく高い数値であり、容認したら私の学者生命は終わり。自分の子どもをそんな目に遭わせるのは絶対に嫌だ」「(同程度の被ばくは)原発の放射線業務従事者でも極めて少ない。この数値を乳児、幼児、小学生に求めるのは受け入れ難い」

こういう意見も風評被害を誘発する可能性があるので、やはりタブーとされるのでしょうか。

カヤックのリスクの話がいつのまにかすり替わっていました。震災以来久しぶりにブログを更新したので、どうも筆が滑る傾向にあるようです。失礼しました。

2 件のコメント:

豊島耕一 さんのコメント...

記事引用ありがとうございます.豊島

Acton さんのコメント...

豊島先生、こちらの方から御礼する立場です。リンクを張らせて頂き、ありがとうございました。この国は過去に何度も騒ぎを静めるために過小評価して失敗しています。風評被害の方が健康被害よりも重要に聞こえてしまうのは、聞き間違いだといいのですが。